琉球講談 宜湾親方 じわんうぇーかた
作 平良良勝
登場人物
宜湾親方(じわんうぇーかた)
役人 大和、親日派 亀川親方と対立する
亀川親方(かみがーうぇーかた)
役人 清国、親中派 宜湾親方と対立する
三司官
役人 宜湾親方と亀川親方の対立を仲裁する
真鍋(まなびー)
宜湾親方の娘 山戸の許嫁
山戸(やまとぅー)
亀川親方の息子 真鍋の許嫁
乳母(ちーあん)
真鍋の乳母 劇中ではアンマーとも呼ばれる
三良(さんだー)
宜湾家の下男、使用人
ストーリー
宜湾親方と亀川親方は、琉球を併合しようとする日本に対しての考え方の違いから対立。互いの子を結婚させる約束であったが、亀川親方が一方的にそれを破談にする。
宜湾親方の娘 真鍋はショックから病気になり、ついには亡くなってしまう。
娘に先立たれた宜湾親方は、乳母にその苦しい胸の内を明かす。
乳母は山戸を呼ぶとことを提案し宜湾親方も了承、絶縁状態の亀川家に密かに使いを立てる。知らせを聞いた山戸は宜湾家に駆けつけ、悲しみの対面をする。
下男・三良によると、村からは宜湾家の葬儀に一切関係するなというお達しがあるとの事。さらに悲しみと怒りに震える宜湾親方であるが、山戸の将来に期待し、琉球の行く末について、国と国王様をお守りし人々が安寧に暮らせるようにと思いを託す。
乳母から真鍋の遺言書と形見の着物を渡された山戸は、後々に立派な人間になるようにという遺言書の通り強く生きることを真鍋の前に誓う。
音曲
子持節 ゆいちみどぅ年に 産し子先立てぃてぃ 夢ぬ間ぬ 浮世 くらしかにてぃ
歌意 何の罪もない年頃の娘に先立たれ、あっと云う間の浮世、これからの暮らしどのようにすればよいのだろうか。
述懐節 誰るに暇乞いや 語てぃ先なたが 待てぃしばし連りら死出が山路
歌意 恋しい貴女は、誰にゆるしを得て先に旅だったのか、無情の世を恨んだで
しょう。貴女一人にはさせませんよ、私も一緒に死出が山路を行きます。
散山節 開鐘鐘や鳴てぃん、おぞむ人やうらん いちぐ此ぬ世界や闇がやゆら
歌意 開鐘の鐘が聞こえても賛同する人はいない。誠に此の世の中は闇なのか
干瀬節 あだし世ぬ中に 生まれたる恨みしゃ 浅ましや浮世 かにん苦りしゃ
歌意 はかない、無情の、この世に生まれたのが嘆かわしい
琉球講談 宜湾親方
日本語翻訳台本
作 平良良勝
日本語訳 松川亨
【音曲 龍落菅攪】
ナレーション 時は一八七二年、日本に於きましては、明治維新の大事業が成し遂げられ、隣国のよしみにある我が琉球は、明治維新の慶賀使として伊江王子尚健を正使、宜野親方を副使としておつかいになりました。
その後一八七五年の暮れ、いよいよ日本から、支那との関係断絶の命令が下ったのであります。そのときに当たり、我が王府では諸臣を集めて大評定の秘話。そしてその時に亀川親方、宜湾親方対立の大評定の幕は切って落とされたのであります。亀川親方に味方する幸地親方、池城親方、与那原親方の面々。宜湾親方に味方するもの、津波古親方ただひとり。大勢を動かすことができない。そして藩王はお受けをしてきたものの、御国元においては、亀川親方の説が有力となり、藩王お受けを拒絶し、そして支那の国に救いを求める様、城内に於いての大評定は決まったのであります。
亀川 宜湾親方、貴男は、今日まで麻足袋の上に就いているのだから、伊江王子尚健御供して慶賀使として大和に使わしたら、自分一人で藩王をお受けして来た事は、貴男は、国をないがしろにしているのだ。それも貴男の仕打ちじゃないのか
宜湾 恐れ入ります。亀川親方よくお考えください。時勢の流れだから仕方のないことでございます。何時までもこの琉球は支那の国を頼っていくことは出来ません。我が琉球の人民、殊に、御主加那志前(王様)はじめ、この際、時の移り変わりをよくお察しくださり、日本に付くようお勧めして下さい。
亀川 言えども、言えども、貴男は、この事だけ言うようだが、先程、御主加那志前にお逢いして、そのお言葉聞かなかったのか。 自分自身の身の上はどうなっても構わないのだが、尚巴志この方代々のご先祖に対して、申し訳なく自分の世に国を滅ぼすということは、ご先祖にご不孝に成っていかなければ、ならない事。日本に付いて王位を返上して、藩王をお受けすることはやめてくれ、支那の助けをかりて、是非ともお断りしなさい。涙ながらに、御主加那志前がおっしゃった、お言葉。 貴男は、聞いてないのか。 貴男が何を言ってもこの際、この亀川は、納得できないからどうするか。皆の意見も宜湾、貴男は知らんのか。今さら一人で大勢を、動かすことはできないでしょう。それよりも日本には、藩主をお受けする事は出来ませんとお断りの使者を立て、それから支那の国に救いを申し上げるよう吟味し決めたのだ。今さら貴男が、何を言ってもそれは役に立たない話である。
亀川 そうそう宜湾、貴男は、政治家と言って、これまでこの亀川をないがしろにした。貴男が何と言っても、どんな事があってもこれは断るから聞いておけ、宜湾、別れぎわにただ一言、貴男に言いおくが、お互いに麻足袋のよしみから貴男の娘真鍋を、自分の嫁にすると言った事だが、今日限り、この縁組はなかった事にする。帰って真鍋に伝えなさい。私も帰り、山戸に伝えるから。
宜湾 仕方ならん、縁組まで断って、子供達を苦しめ、これも時の運なのか、愚か者達はこのような吟味しかしないのか。
亀川 宜湾、何と言っているのか。愚か者達と言うのは誰に言っているのか。
もう一度言ってごらん。
宜湾 何度でも言う。愚か者達は、国を滅ぼすと言う事。知らないのか。
亀川 誰が、国を滅ぼすのか、貴男でしょう。
三司官 あのー。親中唐破風(首里城内)でございます。お二人ともお控え下さい。
亀川 あはは、わからん者とは相手にしないようにしよう。さあ、さあ、皆さん出て下さい。これからもっと重要な吟味があります。
ナレー 琉球国王は、藩王をお受けする事となりました。琉球王府は、返事を明治政府にする事となりました。宜湾親方は、その罪で三司官を辞し、伊江王子も摂生の役目を辞しました。
宜湾の娘真鍋は、終生、夫と定めていた山戸と、縁を切られ為、日毎、思慕の思いが募り、遂に病気になってしまいました。この世にはもう何も希望が無くなり、先立つ不孝をお許し下さいと、親に心でお詫びをし、朝な夕な泣いて、暮らしていましたが、とうとう、亡くなってしまいました。宜湾殿内では、時ならぬ慌ただしさに包まれ、衆臣下、下男に至るまで涙が、袖で絞れる程でした。
【音曲 子持節】
ゆいちみどぅとぅしに 産し子先立てぃてぃ 夢ぬ間ぬ 浮世 くらしかにてぃ
歌意 何の罪もない年頃の娘に先立たれ、あっと云う間の浮世、これからの暮らしどのようにすればよいのだろうか。
【音曲 下千鳥】
宜湾 アンマー(乳母)、真鍋は、何時、変わったのか。
乳母 御主人様、今、先程でございます。
宜湾 アンマー、貴女は苦しいでしょう。アンマー、赤子の時から肝の汁も飲ませ大事に育てたアンマー。真鍋がこの世からいなくなっていったら、自分より貴女が苦しいでしょう。苦しいでしょうアンマー。
乳母 旦那様、このアンマー、どのようなご返事、することも出来ません。可愛い私の娘、若い年頃の花、あの世で散らすかと思うと、このアンマーは泣いても泣けません。旦那様
宜湾 アンマー、この歳になって、子に先立たられる宜湾が心情、女ながら察してくれ。 亀川親方が、政治の争いで、縁談を解き、子供達まで苦しみませ、早死にさせたと思うと、恨んでも恨み足りない。若、うりずんの時節も終り、若夏を迎えて夏虫の声も聞こえるのだな。
「野にすだく虫の声々かまびすし 誰が、聞き分けて、品定めせむ」
宜湾が真心、死んだ後に、解る筈だ。今、「国賊、国を売った」と言われている宜湾、何時か、必ず宜湾の真心を、解ってくれる日が来るでしょう。 どうか、御主加那志前の行く末思うこの宜湾の真心、お察してください。
宜湾 真鍋もこの世を失い、祈る心、可愛い世間を知らない娘を一人あの世に迷い旅立ちさせる。親の願いは、死出が山路も、広く通して極楽まで、阿弥陀仏のお守りお願いします。
乳母 旦那様、亀川山戸のお方が、もしもの事がある時は、知らせる様にとの、御言葉がありましたが、山戸のお方を、お呼びしても宜しいでしょうか。
宜湾 アンマー、真鍋と山戸は、互いに相思相愛の中、縁は切れても真鍋を、喜ばせる為にも山戸を呼んで、真鍋の顔を見せてやりなさい。
乳母 ありがとうございます。それなら、すぐに使いを立てて、山戸のお方をお呼びするようにしましょう
ナレー それから 使いを立てて、亀川殿内まで密かに行き、山戸様に真鍋が亡くなった事を、お知らせしました。山戸はそれを聞き、取る物も取らず、宜湾殿内に駆けつけました。
【音曲 述懐節】
誰るに暇乞いや 語てぃ先なたが 待てぃしばし連りら死出が山路
歌意 恋しい貴女は、誰にゆるしを得て先に旅だったのか、無情の世を恨んだでしょう。貴女一人にはさせませんよ、私も一緒に死出が山路を行きます。
山戸 アンマー
乳母 山戸のお方でいらっしゃいますか。 あー、山戸様、愛しい真鍋様は、旅だってしまいました。
山戸 アンマー、真鍋は、亡くなったとおっしゃるのですか。
乳母 山戸様、あそこに旦那様がいらっしゃいます。
宜湾 真鍋は、此の世を失ったのだ。
山戸 宜湾親方様、この山戸は、どうすればよいのでしょうか
宜湾 あれもこれも山戸、貴男の親がした仕業、私は貴男の親を恨む。
山戸 何の罪もない、真鍋まであの世へ、旅立ちさせて、申し訳ありません。
下男 恐れ入ります、旦那様。
宜湾 誰だ、三良なのか。
下男 村に行ったら、御城からのお達しがあって、お嬢様のご葬儀は、村としては、すべて、関係するなとのお達しがあるとの事です。どうしたら良いでしょうか。旦那様。
宜湾 我が子の葬式は、香(棺桶を運ぶもの)は出すなとの事、ああ、そうか、
アンマー、奉公人達に、夜が明けない内に、自分の駕籠に乗せて、墓に連れて行ってくれと伝えて、頼む、あんまー。
乳母 愛しい私の子、お嬢様の遺体も、お駕籠からしか、行けないのですか、旦那様
宜湾 あれもこれも道理のわからない者達の仕業、ああ、世の中は、闇となって、いくのか、
開鐘鐘や鳴てぃん、おぞむ人やうらん いちぐ此ぬ世界や闇がやゆら
【音曲 散山節】
開鐘鐘や鳴てぃん、おぞむ人やうらん いちぐ此ぬ世界や闇がやゆら
歌意 開鐘の鐘が聞こえても賛同する人はいない。誠に此の世の中は闇なのか
宜湾 宜湾もそんなに長くは生きられない筈、後々に残る貴方がた若者達、国と御主加那志前をお守りし、人々が安堵出来る様、司るのが貴男達だからな、山戸
山戸 お言葉、胸に深く刻みましょう。
真鍋も亡くなり、心を引き締め、後々に立派な男になります。お言葉、決して忘れません。
乳母 恐れ入りますが、山戸様にお嬢様のご遺言書。
山戸様に差し上げて下さいと、ここにお手紙がございます。どうか、お受け取り下さい。
山戸 アンマー、真鍋の遺言書とおっしゃるのですか。
(山戸は遺言書を読む)
遺言書
誠、此の世界ぬ、くぬ世如あらば 玉黄金里が行く末ぬ事ぬ極楽ぬ花ぬ、ウティナうてぃ我んやう守いゆしゅむぬ 男生まりたる、世の中ぬ手本、輝かち賜り 思事やちみて い言葉やあまた書ちゆしたたみてぃ、あぎらてぃしりば 筆取ゆる事ん、思るままならん 里にう知らぬ気にかかてぃうしや 七読みとぅ 二十読綛けてぃ我身ぬ里が蜻蛉羽 御衣ゆしらとぅ思てぃ 真心ゆ、込めてぃ織る花織や う別りぬ際に、形見なやびたん たんでぃ 思里ゆ 身肌かきみそち 代々ぬある間や忘りみそな 繰い返し返しまた事どぅやしが、里や花盛り 人勝いやりば 男生まりたる 道ゆ立てぃみそち 天ぬう定みぬ したてぃめる時や 死出が山路にう待ちさびら
山戸 ああ、これほどまで、思い焦がれて死んだのか、アンマー
乳母 山戸様、今お手紙に書いてある通りこの花織は、山戸様にさしあげ
てくださいと、お嬢様からのお言葉です、今まで持っていました。
どうぞ、この花織の、御衣装立派に着けて、お嬢さまの墓前に貴男様の、お姿をお見せください。 山戸様
山戸 ああ、真鍋が心を込めて織ったこの花織。
真鍋の形見となったのですね、アンマー。
宜湾 山戸、真鍋もあの世の人となっていく、今日、別れたら、二度と会えない。又、貴男の顔も真鍋に見せて、この世の名残満足させてくれ、山戸。
山戸 わかりました。真鍋……
【音曲 干瀬節】
あだし世ぬ中に 生まれたる恨みしゃ 浅ましや浮世 かにん苦しゃ
歌意 はかない、無情の、この世に生まれたのが嘆かわしい
山戸 真鍋……。真鍋、貴女は、なんの罪もないのだ。貴女置き去りにされた私は、どのような暮らしをしていけば良いのか貴女の遺言書の通り、形見にもらった花織は、いつまでも大事に山戸の肌身離さずに貴女の形見として、生涯持っています。御主加那志前の為に、昼・夜働き、立派になった姿、必ず見せるからな真鍋。
これから旅立つ、あの世へは迷いもなく、極楽の道を通って下さい。
真鍋・・・・。
和訳 松川 亨