御冠船踊り 幻視

長く行かなかった場所も一度行き出すとまたよく行くようになるというものだろうか。
先週に引き続き今週も県立芸大に行ってきました。
民謡の花束のゲストに出てもらったオオタカ君が出演すると言うことで話を聞いてみたら、これは面白そうだってことで番組終わりに行ってみました。
芸大の中庭に舞台を作って野外での御冠船踊りの再現といった感じです。
演目は舞踊と組踊、入り子踊りはありません。先週の研究発表会では、舞踊、組踊、入り子踊りと三本柱だったみたいなことを同じ芸大の先生が話ししていたが…。
現在踊られている古典舞踊というのは御冠船踊りからの流れである的な位置付けがされています。間違いではないのでしょうが、それがすべてではないというか、完全にイコールにはならないでしょう。
踊りのタイトルと曲やその組み合わせ、歌詞がバラバラなのがよくあります。
それを今回は恩納村の村踊りの中で伝えられているものから上演したということのようです。
女踊り 団扇踊り というと今で言う作田か女特牛節を連想しますが今回は、特牛節に久米阿嘉節で花笠と団扇で踊ってました。
二才踊り 笠口説は衣装は黒紋付きに陣笠で普通っぽいのですが、曲が面白い。
じにや都ぬ春ぬ空… の揚口説の歌詞を上り口説やなんかの道行き口説の曲で歌ってました。同じ五七調なのでぴったり乗りますね。そしてチラシに湊くり節。
もうひとつ女踊りはかしかき。普段はサンシン奏者の大城貴幸君が踊り手として登場です。
衣装小道具はよく見るかしかきパターンですが、曲に特長がありました。干瀬節七尺節ではなく、伊計離節あかさ節百名節の三曲だてになっていました。
他に舞踊は下り口説、組踊は執心鐘入と義臣物語がありました。
組踊も久々にフルでしかも二本見たので感想もいろいろありますが…。自分がやってたころと変わってて、それが今のスタンダードなのか、今回は御冠船踊りの再現という企画公演だからなのかよく分かりません…。
御冠船踊りは現在の舞踊家の踊りよりも地方の村踊りの中に多く残っているということでしょうか。何かと琉球王朝や御冠船踊りと結びつけて権威付けしたがるようですが、舞踊家の踊りのほとんどはウチナー芝居からの流れ。明治以降に庶民の風俗を取り入れて、雑踊りやウチナー芝居が出来ていった中で、細々と組踊や古典舞踊が伝承されてきたということなのではないでしょうか。