「自分がしかできない」というウチナーヤマトゥグチ

自分も含めて沖縄の人はよく使う言い回しじゃないかと思います。
県外の方に指摘されて思ったのですが、あはー、確かに正しい日本語(というか標準語?)では使わないかも知れんなーと思いました。
ちなみにこの場合の「自分」は一人称ですよ。「私・わたし」っつーことで。関西では二人称で使うようですが…
大体こういうのって、古いウチナーグチの独特の言い回しがあって、それを無理矢理に日本語風にしたのもが多いです。
行きよった
食べよった とか
それぞれウチナーグチで言う所の、
イチュタン
カムタン の強引な日本語化。
行きをった
食べをった
とかだと日本語の古語?古典とかに無いかな?とも思いますが…
で、「自分がしかできない」について、
いろいろ考えますが、一番近いウチナーグチは
「我ん びけーん が どぅ 成いる」、
「ワン ビケーン ガ ドゥ ナイル」かなと。
「私 だけ が ぞ できる」なので、肯定否定が逆になるんですけどね。
意味は同じだと思います。
他には
「ターガ ン ナラン」だと
「誰が も できない」ってのがありますね。
これも「自分がしかできない」の裏返し。
「ワン アランデー ナラン」ってのもありますね。
「私 でなければ できない」か…
「しか」の部分が落ちてるなあ…
「ワー ガ アランデー ナラン」でも同じっぽいか…
「しか」はやっぱり最初の「が ぞ」でイコールなのかなあ…
んー、高校時代、古典の時間に怠けてたからなあ…
ん?「ぞ」だけでもいいのか?
「ぞ」で特定の限られた人やものを指すからなあ
「これぞまさしく!」とかの「ぞ」ですね。
そうだとすると、
「私 が ぞ できない」になるから、日本語としておかしい。っていう結論で良いのかな?
日本語として変に聞こえるという結論はこれで良いのかも知れないですね。
ウチナーグチの方はと・・・
長〜くなりますが、
「私が 動く事によってしか それを 成し遂げる事は できない」かな?
これを短くして、
「私(自分)が しか できない」・・・・・どうでしょう?
「我ーが 動じゅかんだれー うり しー成する事ー ならん」
「ワーガ ンジュカンダレー ウリ シーナスルクトー ナラン」
だと、「ダレー」の部分が「しか」に当たるのかな?
いや、待てよこれも「ンジュカンダレー」は「動かなければ」だから、
「動く事によってしか」と表現が逆になるなあ。意味は同じだけど。
とりあえず、表現は逆になるけど同じ意味ということでまとめさせていただきます。
いやまあ、くだらない事だけど、こういうの考えるの好きでして…
古いウチナーグチと現在のウチナーヤマトゥグチの繋がりとかですね。
間違ってるかも知れませんので、ツッコミは大歓迎です。
こちらも勉強になりますので、各方面からのご意見もお待ちしています。

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