ゴーヤもゴーヤーもゴーリャもアリ


おなじみのゴルフの石川遼の出ているカレーのCM。
ナーベーラーのいい方、確かに変です。でもここではそれは置いておいて…
ツイッターか何かでも、このCMについてナーベーラーを指摘するついでにゴーヤーまで間違いだとしている書き込みがありました。このYouTubeのように。
>×ゴーヤ
○ゴーヤー
と、説明文にも書いてあります。
しかしこのCMではゴーヤーは頑張って直していると思います。その分、ナーベーラーに手が回らなかったのかどうなのか。
ゴーヤは間違いであると突っ込む多くの沖縄県民へのツッコミです。
(このCMではちゃんと使っていると思いますが)
ヤマトゥンチュの方々が言うゴーヤ。確かに違和感を感じます。
沖縄本島やその他県内各地ではゴーヤーと伸ばす言い方が圧倒的に多いと思います。
ただ、(はーもう、ひっちー言ってるからニリテもくるんだけど)八重山などの一部地域ではゴーヤという言い方もします。
本島の人たちが目くじらを立てて「ゴーヤは間違いだ!」と言っている事の方が気になってきます。
本土>沖縄本島>八重山と人口の多いのが正しい、「ゴーヤは間違いである」と、かつての標準語励行のように少数の地方語を否定する事になるとイカンなと思うわけです。中間の沖縄本島の人間として、さらに少数の地方語も大事にしようという自戒を込めて。
本島の人もゴーヤと聞いたら「間違いだ!」と切って捨てるのではなく「おっ?八重山言葉で来たか」ぐらいの余裕を持って欲しいなと。
(八重山でもゴーヤーの地域もあるらしいのでホントに少数派のようです)
コーラとコーラーの違いぐらいなもんじゃないかなと。
(これもひっちー書いてますが…)
しかしまあこれらは一般の県民ということですから、ある程度はしょうがない。
でも知ったら直していった方がイイと思います。
自分はラジオに出ていて、番組は沖縄県全域で流れます。もちろん八重山でも。
県域で流れるメディアで「ゴーヤは間違いである」とは言えません。
地域により言い方が異なると言う事で、決して「間違い」ではありません。
「今日拝なびら」の某御大もおっしゃっていました。
ゴーヤに関してではないですが、言葉や歌の歌詞について、
「『間違い』ではない、『異なる』ということだ。」と。
どんな研究者の先生でも、県内の各地域、各離島の言葉を全て把握しているという人はおそらく居ないと思います。
もうちょっと謙虚になった方がいいのかな、なんてことも思います。
全国版でしゃべるならまだしも、県内向けの番組でそれをやる意味があるのかどうか…
さらに余談になりますが…
説明文へのツッコミです。
せっかく頑張ってゴーヤの言い方を直したのに、正しい言い方にしたのに、それなのに間違いだと言われるとさらに混乱を招きます。
「ヤマトゥンチュはいつもゴーヤって言うから」ってことなのか、CMの台詞をよく聞かないままに書いたのか…
ウチナー芝居のシェンパイ方がみんなそうだと言う訳ではないですが、中堅役者としてたま〜に見かける光景…
ウチナー芝居の稽古でも、ウチナーグチのイントネーションの難しい台詞があったりします。
若手の役者が直そうとして、何度も何度もシェンパイに言わされます。
何度か直されてついに「出来た!」と自分は思ったのですが、シェンパイは若手の台詞をちゃんと聞いていません。「違う!もう一回!」
これじゃ若手はいつまでも分かりませんよ…
指導するならちゃんと聞いてやらんと、と思う訳です。
元に戻って、さっきの「ゴーヤに目くじら立てる県民」について
ヤマトゥンチュに突っ込むのもいいけど、それよりはもっと自分たちがウチナーグチ(しまくとぅば)勉強しないねえ?ってことです。
勉強っていったら大げさですが、使ってみる、しゃべってみる、意味を尋ねてみるとか。シェンパイ方に聞けば何でも出てくると思いますよ。
そもそも県内メディアに出てくる日本語の上手なアナウンサーとかレポーターとかのタレントに限って「ウチナーグチ大事、勉強しなくちゃ」とか言ってる。「おめーそういい続けて何年なるんだよ、ちっともやってねえだろ!」みたいなツッコミも入れたくなると言うものです。
しかしイントネーションという事で言えば、ゴーヤーだとヤマトゥンチュの方には、頭イントネーションになりやすく、これもまた違和感。
ところがゴーヤだと、平板になりやすいと思うのでイントネーション的にはイイ感じ〜になりやすいはずなあということも思ってみたりします。
最後に、これも全てそうだと言う訳ではなく、さらに細かくは地域の差があると思いますが、宮古はゴーリャ、奄美はニギャウリだそうです。